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小泉純一郎が「郵政民営化」を花道に退いた後、安倍晋三、福田康夫、麻生太郎と続いた自・公連立政権は、小泉構造改革の「負の側面」があらわになるに連れて次第にその意志は消極的になり、それはやがて修正から否定へと移って行った。
しかしその結果、ますます国民国家の枠は強化され、従って官僚の力を質的に強める方向を伴っていたと言える。
構造改革による格差の拡大や新しい貧困の拡大に対して是正を求める国民の声は、2008年(平成20年)に起こった世界金融恐慌による深刻な不況を打開する要求とあいまって、国家による対策の強化を求める方向に向かった。
かつても今も、野党や労働組合などの既成社会団体は、方向としてはやはり同じ方向へとリードしている。
それが政府が行おうとしている対策とは違う内容を含んではいても、やはり、問題を国民国家と全体社会に上げてしまって、そこを解決の場としようとする方向性は同じなのである。
確かに日本の近代化は、国民国家への結集、国民経済への統括は非常にうまくいき、その効果がまれに見る高いパフォーマンスを生み出したことは事実だ。
ところが、1990年代からのグローバリゼーションの進展によって、資本が国境を越えて動き回り、国家の枠の中に閉じこもらない方が良策と見なされた。
しかし、それにより国民国家と国民経済への凝集力はかつてのようなプラスの効果を失い、むしろマイナス面をもたらすものにすらなっていくようになった。
ところが、かつての高いパフォーマンスが忘れられず、また国家主義にしか保守の立脚点を求められない歴代政権は、結局のところ、国民国家、国民経済への凝集を追い求める方向に固執したのである。
田中政治と1940年体制を解体することを目指して「構造改革」を進めたとされる小泉政権にしても、結局、その裏ではむしろ、官僚政治を復活させ、官僚の支配力を強めることになった。
・・・いよいよ新しい時代の幕開けである。そして、私たちはその目撃者となる。
2005年の小泉・武部が仕掛けた「構造改革」の真実は何だったのか。
今こそ、その真相を検証し多いに議論したい。
CHANGEが始まったこの北海道の大地で。
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